芸術の島「直島」や「軍艦島クルーズ」「元気の森」などちょっと変わったところから、熱海温泉や四万十川など国内旅行の旅行記です。
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軍艦島と解夏と石橋 in 長崎
今回の旅行内容
名門大洋フェリー → 眼鏡橋 → 軍艦島クルーズ → 江山楼 → 夜の橋巡り → 中島川石橋群 → 解夏巡り → 諫早眼鏡橋 → 帰宅
2009/6/13(土) |
曇り |
長崎市観光 |
興福寺の第2代住職の黙子如定は眼鏡橋を架設したことで有名であり、第3代の逸然は長崎漢画の祖として有名。
解夏の中で高野隆之が訪れた寺である。
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幣振坂(へいふりざか)は、解夏の冒頭で高野隆之と高野聡子がお墓参りをするために登っていた階段。
実際に一番上まで登ってみたが、かなり大変だった。(汗)
でも上からの見晴らしはよかった。
降りるときは、崇福寺を目指して違う道をいく。
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一つの寺でこれだけの文化財を擁するのは京都や奈良を除けば西日本随一という崇福寺(そうふくじ)。全部で21もの文化財がある。
お昼ごはんは四海樓(しかいろう)でちゃんぽんを食べる。せっかくなのでいろんな店のちゃんぽんを食べてみる。といっても2件だけだけど。。。
四海樓は、創業明治32年でちゃんぽんの発祥店である。
江山楼と違う味ではあったが、こちらもおいしかった。ただ、少しまろやかと言うか、薄かったような気がする。個人的には江山楼の方が口にあっていたかな。
まぁ、どちらもおいしかった。
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かつて長崎の人々は、出島に住むオランダ人の影響から開国後も東洋人以外の外国人を「オランダさん」と呼び、「オランダさんが通る坂」という意味で、石橋の坂を「オランダ坂」と呼んでいたよう。
解夏の中で高野隆之と朝村陽子が歩いていた坂道である。赤レンガの塀のある坂道は、高野隆之が歩いていた坂。
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長崎と中国の交流は深く、特に江戸時代幕府の鎖国政策の中でも、交易の窓口として開港していた長崎では、多くの中国人の来航があった。
外交、歴史、文化にとどまらず今でも長崎の生活スタイルに多くの影響を及ぼしている。
1893年清国政府と在日華僑が協力して中国の総本山なみに伝統美あふれた孔子廟(現在地)がつくられ、その後いくどかの改築で本格派の中国式孔子廟として現在に至っている。
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